自動販売機

灯りたるジュースの自動販売機コイン入れれば枯野広がる

             岡部桂一郎 『一点鐘』 (2002)

半年ほど前、家の近くの空き地に単身者用マンション(8戸)が建った。
まだ入居者はいないようだ。
静まりかえった建物の前に自動販売機がはやばやと設置された。
夜はその自動販売機だけが明るく灯っている。

私は自動販売機で飲み物を買うことはないのだが、飲み物のネーミングに興味があるので、新しい商品はないか、時々覗き込んで見ている。

サントリーの「伊右衛門」が発売された時、『東海道四谷怪談』のお岩に毒薬を飲ませる夫の名前が反射的に浮かんだ。
どうしてお茶の名前にそんな極悪非道な男の名前をつけるのか、負のイメージをわざとねらったものだろうか、それにしてもあのお岩さんの幽霊を連想するとなるとこのお茶は売れるのだろうか、などと心配していたが、事実はまったく異なっていた。
「伊右衛門」は京都の老舗福寿園の創業者の名前だった。
販売元はサントリー。緑のペットボトルは新茶が採れる時期の京都山崎の若々しい竹をイメージしたものだという。大ヒット商品となったことは記憶に新しい。

自販機でよく見かけるお茶の名前には他に「お~いお茶」「十六茶」「生茶」「はじめ(一)」などがあるが、最も気に入っているネーミングは「若武者」(アサヒ飲料)である。こちらは、若き茶名人丹野浩之が厳選した国産若蒸し茶葉を100%使用していることからつけられたらしい。

よけいなことを書いてしまったが、私自身は自販機に対してあまりよくないイメージを抱いていることは、「なにゆゑに自販機となり夜の街に立つてゐるのか使徒十二人」(2010.07.20)の解説で書いたとおりだ。
四六時中灯っているこの四角い箱の中では冷やす機能、温める機能などがフル稼働している。

掲出歌も自販機に対して違和感というか、好ましくない感情を抱いているように思われる。

コインを入れてボタンを押せば自動的に転がり出てくる冷たい飲み物、暖かい飲み物、便利だけれど「枯野広がる」--- 荒涼たる情景が浮かぶのだ。
それに「自動販売機」にわざわざ「ジュースの」をつけて、「ジュースの自動販売機」(句跨りになっている)というぎこちない表現をしていること、タバコやその他の商品を売る自動販売機もあるのだから「ジュースの」とするのはおかしくないのだが、どこか律儀というか、違和感、ぎこちなさが漂う。
作者はわざとそうしたのだろう。

それによって、違和感、不自然さ、ぎこちなさが結句「枯野広がる」に収斂し、自動販売機が文明の利器というより、ちゃちな玩具のように思えてくるからおもしろい。

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